倉悠貴さんの父親がどんな人なのか、気になっている人も多いのではないでしょうか。大河ドラマ『豊臣兄弟!』などで注目が集まり、どんな家庭で育ったのか知りたくなりますよね。
この記事では、倉悠貴さんの父親について、本人がインタビューで話したことをまとめました。芸能界入りに反対した親の言葉や、父親が俳優だという噂も紹介します。
さらに、2歳上のお兄さんやお母さん、大阪の実家についても取り上げます。世間の声まで、ぜひ最後までチェックしてみてください。
Contents
- 1 倉悠貴の父親はどんな人?家にあった漫画の話と芸能界入りに反対した親の言葉
- 2 倉悠貴の父親と暮らした家族は?2歳上の兄や母親と大阪の実家
倉悠貴の父親はどんな人?家にあった漫画の話と芸能界入りに反対した親の言葉
- 父親はどんな人?名前や仕事は公表されていない
- 芸能界入りに父親は反対した?反対したのは親で夢みたいな話と言われた
- 反対されたあとは?友だちの言葉に背中を押されて挑戦を決めた
- 上京してからの親との関係は?親に電話ばかりしそうと話していた
- 父親が俳優という噂は?SNSの動画から広まった話で親子の関係を示す情報はない
父親はどんな人?名前や仕事は公表されていない
倉悠貴さんのお父さんは、どんな人なのでしょうか。大河ドラマ『豊臣兄弟!』などで見かけることが増え、どんな家庭で育ったのか気になっている人も多いですよね。
お父さんの名前や仕事、年齢は公表されていません。ただ、倉悠貴さんはインタビューで、子どものころに家にあったお父さんの漫画のことを話しています。
名前や仕事は明かされていない
倉悠貴さんは1999年12月19日生まれで、大阪府の出身です。所属事務所のソニー・ミュージックアーティスツの公式プロフィールには、生年月日や出身地、身長がのっていますが、家族のことは書かれていません。
家族については、インタビューで両親と2歳上のお兄さんがいると答えています。くわしい家族構成は、このあとの見出しで紹介しますね。お父さんの名前や仕事、年齢を示す情報は見つかりませんでした。お父さんの写真や勤め先を探したりするのは、控えたいところです。
家にあった父親の漫画
お父さんについて本人が話している数少ないエピソードが、漫画の話です。2023年10月27日に公開された『with digital』のインタビューで、倉悠貴さんは子どものころの過ごし方を振り返っています。
活発な子どもではなく、クラスでいちばん元気なグループでも、いちばん静かなグループでもない、その中間くらいのテンションだったそうです。放課後は、ひとりで家で漫画を読んだり、ドラマを観たり、ゲームをしたりしていたんだとか。漫画は『ドラゴンボール』や『北斗の拳』などの王道から、お父さんが持っていた『湘南純愛組!』のような懐かしいものまで、いろいろと読んだと話しています。
『湘南純愛組!』は藤沢とおるさんのマンガで、『GTO』の鬼塚英吉と弾間龍二の高校時代を描いた作品です。お父さんの漫画を、息子の倉悠貴さんも家で読んでいたという、ほほえましいエピソードですね。
ヤンキー漫画の実写化で主演
のちに倉悠貴さんは、人気ヤンキー漫画を実写化した映画『OUT』で主人公の井口達也を演じました。2023年11月17日に公開された、品川ヒロシさんが監督を務めた作品です。少年院から出所した伝説の不良という役で、本人はヤンキー映画には縁がないと思っていたそうです。
原作が人気漫画なので、ファンをがっかりさせてはいけないと責任を感じていたと話しています。漫画でとても印象的だった、下から上ににらむような目は、演じるときに意識したそうです。子どものころにお父さんの漫画も読んでいた倉悠貴さんが、漫画が原作の作品で主役を務めたと思うと、ちょっと感慨深いですよね。
芸能界入りに父親は反対した?反対したのは親で夢みたいな話と言われた
倉悠貴さんが芸能界に入るとき、お父さんは反対したのでしょうか。スカウトがきっかけで俳優になったと聞くと、家族がどう受け止めたのかも気になりますよね。
2021年1月24日に公開されたLmaga.jpのインタビューで、倉悠貴さんは、親も最初は反対していたと話しています。お父さんだけ、お母さんだけ、という言い方ではなく、親という言い方でした。
夢みたいな話という言葉
このインタビューは、初めて主演した映画『夏、至るころ』の公開にあわせたものです。池田エライザさんが初めて監督を務めた作品で、倉悠貴さんは高校時代の思い出なども語っています。記事の題名にもあるとおり、高校時代はなんとなく生きている感じだったそうです。
その中で倉悠貴さんは、2年前にスカウトしてもらったけれど、芸能界は本当に無縁の世界だったと振り返っています。そんな話を聞いた親からは、まず、夢みたいな話だ、と言われたそうです。スカウトの流れは、このあとの実家の見出しで紹介しますね。
ひと握りの人しか活躍できないという言葉
親はさらに、ひと握りの人しか活躍できないよ、とも話したそうです。芸能界の厳しさをそのまま伝える、現実的なひと言ですね。
倉悠貴さんは、こうした言葉で親が最初は反対していたと明かしています。突然の話に、すぐに賛成とはいかなかったということですね。それでも倉悠貴さんは、このあと俳優の道に進むことを決めています。どうやって決めたのかは、次の見出しで紹介します。
父親だけが反対したわけではない
お父さんが芸能界入りに反対した、と言われることがあります。ただ、本人の言葉は、親も最初は反対していた、というものです。お父さんひとりが反対した、という話ではありません。
また、お母さんからは、スカウトの話を聞いたときに、心配するような言葉もかけられています。その言葉は、このあとのお母さんの見出しで紹介しますね。スカウトのときの家族の言葉で、誰が言ったのかがはっきりしているのは、お母さんのひと言です。夢みたいな話という言葉は、親の言葉として受け止めておくのがよさそうです。
反対されたあとは?友だちの言葉に背中を押されて挑戦を決めた
親に反対されたあと、倉悠貴さんはどうやって俳優の道を選んだのでしょうか。気持ちが変わったきっかけが知りたくなりますよね。
背中を押したのは、友だちの言葉でした。倉悠貴さんは、Lmaga.jpと『with digital』のインタビューで、迷っていたときに友だちからかけられた言葉を紹介しています。
やったほうがいいやろという言葉
2021年のLmaga.jpのインタビューによると、倉悠貴さんがスカウトの件を友だちに話したところ、やったほうがいいやろ、やりたくてもできない人もいるんやぞ、と言われたそうです。
倉悠貴さんは、確かにそうだなと背中を押されたと振り返っています。大阪の友だちらしい、まっすぐな言葉ですよね。親から反対されていたときだけに、友だちのひと言は大きかったのではないでしょうか。
真剣な人に失礼という一言
2023年の『with digital』のインタビューでは、迷っていたころの気持ちがくわしく語られています。本当に事務所に入るかどうかを決めるとき、倉悠貴さんは専門学校に通っていて、卒業まであと2年ありました。このまま東京に行って大丈夫なのかと、やっぱり不安だったそうです。
そのことを友だちに相談すると、誰でもできる仕事じゃないんだからやってみたらいいんじゃない、その考えって真剣に俳優をやろうとしている人に失礼なんじゃない、と言われたんだとか。倉悠貴さんはその通りだと思い、事務所に入ることを決めたと話しています。
人生一度きりという気持ち
Lmaga.jpのインタビューでは、人生一度きりだし、やってみたら面白いかもしれないと思って挑戦した、とも話しています。親が最初は反対していても、最後は友だちの言葉を受けて、自分で決めたということですね。
こうして選んだ俳優の道は、その後、映画やドラマへの出演につながっていきました。2026年には、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で黒田官兵衛を演じています。迷っていたころに友だちがかけた言葉が、今の活躍の出発点になったといえそうです。
上京してからの親との関係は?親に電話ばかりしそうと話していた
大阪から東京に出てきたあと、倉悠貴さんと親との関係はどうなったのでしょうか。家族と離れて暮らす中での思いも気になりますよね。
俳優デビューの年の2019年、倉悠貴さんは、一人暮らしを始めたら親に電話ばかりしてしまいそうだと話していました。上京してからも、関西が恋しくなることがあると明かしています。
1年ほど大阪から東京へ通った
倉悠貴さんは、事務所に入ってすぐに東京で暮らし始めたわけではありません。『with digital』によると、事務所に入ったころは2週間に1回のペースで東京へ行き、演技のレッスンやオーディションに参加していたそうです。
2024年3月14日に公開された宣伝会議AdverTimesの対談では、1年間は大阪から通い、オーディションやレッスン、ときどき撮影を繰り返したと話しています。池田エライザさんが監督した映画『夏、至るころ』に出演させてもらったときに、1回東京に出てみようかなと思い、上京したんだとか。
一人暮らしを前にした言葉
2019年9月16日に公開されたViViのインタビューで、倉悠貴さんは、基本はひとりでいたいタイプだけれど、1日中誰にも会わずに終わると、それはそれで寂しいと話しています。
当時は友達の家に同居させてもらっていて、もうすぐ一人暮らしを始めるところでした。そうなったら親に電話ばかりしてしまいそうだ、と話しています。ひとりが好きだけれど、さみしがりな一面もあるんですね。家族のそばを離れたばかりのころの、正直な気持ちが伝わってきます。
仕事で行き詰まると関西が恋しい
2020年2月15日に公開されたGRAND MARBLE PRESSの記事では、関西を離れて東京で活動する中で、親しんだ関西がなつかしくなることはあるかと聞かれています。倉悠貴さんは、あると答え、特に仕事で行き詰まったときは関西が恋しいと話しました。
疲れたときのリフレッシュは、最近ハマっているサウナだそうです。家族と暮らした大阪や関西は、上京したあとの倉悠貴さんにとって、ほっとできる場所なのかもしれませんね。
父親が俳優という噂は?SNSの動画から広まった話で親子の関係を示す情報はない
倉悠貴さんのお父さんは俳優ではないか、という噂を目にした人もいるかもしれません。本当なのか気になりますよね。
この噂は、SNSの動画や投稿から広まった話と見られます。ただ、倉悠貴さんのお父さんが俳優だということを裏づける報道や、本人の発言は見つかりませんでした。
父は国民的俳優という動画
2025年7月16日には、TikTokに、倉悠貴さんの父親は国民的俳優ではないか、という内容の題名の動画が投稿されています。動画の説明では、意外な親子関係がたびたびネットを騒がせている、と紹介されています。
ただ、これはあくまでSNSの動画の中の話で、そう言われている、という段階の噂です。倉悠貴さんは、インタビューで両親と2歳上のお兄さんがいると答えていて、団地で育ったと話しています。噂を広げる前に、本人が語っている家族の姿を知っておきたいですね。
山田孝之さんとの親子役を見たいという声
SNSでは、倉悠貴さんの顔立ちが、若いころの山田孝之さんに似ているという声もあります。Threadsには、似ている芸能人として、倉悠貴さんと若いころの山田孝之さんを挙げる投稿がありました。
Xでは2025年8月24日に、山田孝之さんと倉悠貴さんの親子役をずっと願っている、という投稿もありました。こうした声は、2人に親子の役を演じてほしいというファンの願いです。2人が本当の親子だという話ではないので、混ざって広まらないようにしたいですね。
新解釈・幕末伝での共演
2人は、2025年12月19日に公開された福田雄一さん監督の映画『新解釈・幕末伝』に出演しています。倉悠貴さんは新撰組の天才的な剣術の使い手・沖田総司、山田孝之さんは長州藩の桂小五郎を演じました。倉悠貴さんの出演は、2025年8月25日に所属事務所から発表されています。
ただ、この映画で2人が演じたのは、親子の役ではありません。似ているという声や、共演を喜ぶファンの声があることと、本当の親子かどうかは別の話です。お父さんが俳優だという噂は、SNSの中で広まった話として受け止めておくのがよさそうですね。
倉悠貴の父親と暮らした家族は?2歳上の兄や母親と大阪の実家
- 家族構成は?両親と2歳上の兄の4人家族で団地育ち
- 兄はどんな人?会社を経営していて役作りの相談相手に
- 母親はどんな人?スカウトの話に騙されてんちゃうと心配した
- 実家はどこ?大阪で育ちアメリカ村の古着屋でアルバイト
- 世間の声は?大河の軍師役で注目が集まりどんな人か知りたい声
家族構成は?両親と2歳上の兄の4人家族で団地育ち
倉悠貴さんは、どんな家族の中で育ったのでしょうか。お父さんのほかに、きょうだいがいるのかも気になりますよね。
倉悠貴さんの家族は、両親と2歳上のお兄さんの4人家族です。本人は団地育ちで、普通に家族がいて、普通に暮らすことが夢だと話していました。
両親と兄の4人家族
2023年11月13日に公開されたシネマトゥデイのインタビューで、家族構成を聞かれた倉悠貴さんは、両親と2歳上の兄がいると答えています。お兄さんと倉悠貴さんの2人きょうだいで、倉悠貴さんは弟ということですね。この一問一答は、主演映画『OUT』にあわせた企画で、学生時代のことも答えています。特にイケてるキャラクターでもイケてないわけでもなく、ごく普通で、目立たない人間だったそうです。
お兄さんについては、兄弟の仲や仕事の話もしています。このあとのお兄さんの見出しで紹介しますね。お母さんの話も、そのあとの見出しで取り上げます。
団地で育った普通の暮らし
2021年4月11日に公開されたananのインタビューで、私生活での夢を聞かれた倉悠貴さんは、普通がいい、普通に家族がいて普通に暮らしたいと答えています。
倉悠貴さんが思う普通とは何かを聞かれると、自分は団地育ちなので、マイホームなどを高望みせず、生まれ育ってきた普通がいいと話しました。両親とお兄さんと暮らした団地での日々が、倉悠貴さんにとっての普通の暮らしなのかもしれませんね。2023年のシネマトゥデイの一問一答でも、家をきれいにすることが好きで、料理をするので大きい冷蔵庫に買い替えたと話していて、暮らしを大事にする様子がうかがえます。
幸せな家庭を築くのが夢だった
2024年3月14日の宣伝会議AdverTimesの対談では、俳優の道に進んだ理由を聞かれ、もともとは早く就職して幸せな家庭を築くのが夢だったと話しています。自分のことを、リアリストといいますか、と表現していました。
そんな倉悠貴さんですが、ひょんなことからきっかけがあり、もう引き返せないところで俳優をやっている、とも話しています。ananで話した、普通の家族への思いとも通じる言葉ですね。家族と暮らした普通の毎日を、大切に思っていることが伝わってきます。
兄はどんな人?会社を経営していて役作りの相談相手に
倉悠貴さんの2歳上のお兄さんは、どんな人なのでしょうか。兄弟の仲がいいのかも気になりますよね。
お兄さんは会社をやっていて、倉悠貴さんは社長の役を演じるときに、お兄さんに相談しながら役作りをしたそうです。兄弟の仲については、ぼちぼち仲が良いと話しています。
兄とはぼちぼち仲が良い
2023年11月13日に公開されたシネマトゥデイの一問一答で、倉悠貴さんは、家族構成とあわせて、兄とはぼちぼち仲が良いと答えています。答えの最後には笑いをまじえていました。
ぼちぼちは、関西でよく使われる、まあまあという意味の言葉です。大阪出身の倉悠貴さんらしい言い方ですよね。べったりではないけれど、相談ごとができる兄弟であることは、このあとのエピソードからも伝わってきます。
分からない単語を兄に相談
2024年9月16日、ABEMAのオリジナル連続ドラマ『透明なわたしたち』のプレミアイベントが都内で開かれ、倉悠貴さんが登場しました。9月16日にスタートした全6話のドラマで、福原遥さんや伊藤健太郎さんたちと出演しています。脚本と監督は松本優作さん、プロデュースは藤井道人さんが務めました。ORICON NEWSによると、倉悠貴さんは、渋谷のスタートアップ企業のCEOとしてきらびやかな生活を送る高木洋介を演じました。
役作りについて聞かれた倉悠貴さんは、社長の役なので、分からない単語が出てきたときに、会社をやっている兄に、どういう意味なのかと連絡をとって相談しながら演じたと話しています。お兄さんも、とても協力的に手助けしてくれたそうです。
兄がモデルのCEO役
倉悠貴さんは、自分の中では兄がモデルのようなイメージで演じていた、とも明かしています。会社を経営するお兄さんの姿が、ドラマの役にいかされたということですね。
弟の仕事に協力してくれるお兄さんと、それを素直に話す倉悠貴さん。ぼちぼちという言葉以上に、頼りにしている様子が伝わってきます。なお、お兄さんの会社の名前や仕事の内容は公表されていません。お兄さんの会社を探したりするのは、控えたいところです。
母親はどんな人?スカウトの話に騙されてんちゃうと心配した
倉悠貴さんのお母さんは、どんな人なのでしょうか。息子がスカウトされたと聞いたときの反応も気になりますよね。
お母さんは、スカウトの話を聞いて、あんた騙されてんちゃう、と言ったそうです。倉悠貴さんは2023年10月27日に公開された『with digital』のインタビューで、このときのことを笑いながら振り返っています。
母親が口にした大阪らしいひと言
『with digital』のインタビューによると、たった1枚の写真をもとに、事務所の人が東京から大阪まで倉悠貴さんをスカウトしに来たそうです。思いがけない出来事に、最初は戸惑うばかりだったんだとか。
そんなときに、お母さんが口にしたのが、あんた騙されてんちゃう、というひと言でした。関西の言葉で、だまされているんじゃないの、という意味ですね。突然のスカウトの話に、まず疑ってかかるお母さんの様子が目に浮かびます。お母さんの名前や年齢などは、公表されていません。
本人もそう思っていた
お母さんの言葉について、倉悠貴さんは、自分でもそう思った、と笑いながら話しています。本人にとっても、すぐには信じられない話だったのですね。
2024年3月14日に公開された宣伝会議AdverTimesの対談でも、俳優になったきっかけを話し始めたところ、聞き手から、大丈夫?騙された?と冗談まじりに聞かれ、大丈夫ですと答えています。スカウトの話は、本人にとっても家族にとっても、それほど思いがけないものだったようです。
交通費が出るならと東京へ
『with digital』によると、事務所から東京に一度来てみないかと誘われ、交通費が出るならと東京に遊びに行ったりしているうちに、気づけば事務所に入っていたそうです。
AdverTimesの対談では、交通費をあげるから東京に遊びにきなよとマネージャーさんに言われて行ったら、オーディションに連れて行かれたと話しています。そのオーディションには落ちたものの、自分より年下の子が、こんなに夢中になって頑張れることがあるのかと思うほど頑張っていて、興味がわいたそうです。お母さんに心配されながら始まった道は、こうして少しずつ本物になっていきました。
実家はどこ?大阪で育ちアメリカ村の古着屋でアルバイト
倉悠貴さんの実家は、どこにあるのでしょうか。お父さんたち家族と暮らしていた地元も気になりますよね。
倉悠貴さんは大阪府の出身で、学生時代を大阪で過ごしました。実家の場所までは公表されていませんが、高校生のころには、大阪のアメリカ村にある古着屋でアルバイトをしていたそうです。
大阪府出身で関西が地元
2023年の『with digital』のインタビューで、倉悠貴さんは大阪で過ごした学生時代のことを語っています。2021年のananのインタビューでは、大阪では面白いことが重要だけれど、自分はそれほどでもなく、学生時代にイケてるグループにいたわけでもないと、大阪らしい話もしていました。
2019年のViViのインタビューでは、自分のことを、よくしゃべる人見知り、と表現しています。内気な性格だけれど、人と関わるのは好きなんだとか。実家の住所や家の場所を探したりするのは、控えたいところです。
アメリカ村の古着屋で働いた日々
『with digital』によると、倉悠貴さんは私服で通える高校に進み、おしゃれなほうがモテるでしょ、とファッションに興味を持つようになりました。友だちと服を買いに行き、チェーン店だと服がかぶるので古着屋に行ってみよう、というところから、アメリカ村の古着屋に通うようになったそうです。
古着屋で働く人たちは、クラスメイトとは違うかっこよさを持っていて、ああいう感じになりたいとあこがれたんだとか。好きが高じてアメリカ村の古着屋でアルバイトを始め、服好きな仲間と過ごす時間が増えていきました。ViViのインタビューでも、大阪にいたときはアメ村の古着屋でアルバイトをしていて、そこでの人間関係が中心だったと話しています。
雑誌に載った1枚の写真
アメリカ村には、よく雑誌のスナップ隊が来ていたそうです。あるとき倉悠貴さんも『MEN’S NON-NO』のスナップ隊に撮影され、その写真が雑誌に載りました。1ページの4分の1ほどの大きさでしたが、うれしくて、みんなに自慢したと話しています。
その写真を見た今の事務所の人が大阪に来て、芸能界に興味はあるかと声をかけたのが、スカウトのきっかけでした。ViViのインタビューでは、2018年3月に『MEN’S NON-NO』のヘアスナップ企画に出たことが、デビューのきっかけになったと話しています。大阪の街での1枚の写真から、俳優の道が始まったんですね。
世間の声は?大河の軍師役で注目が集まりどんな人か知りたい声
倉悠貴さんについて、世間ではどんな声が上がっているのでしょうか。ここでは、Yahoo!知恵袋に寄せられた質問を3つ紹介します。
2026年1月14日に、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で黒田官兵衛を演じることが発表されました。その当日と翌日にも、倉悠貴さんについての質問が投稿されています。
軍師役のイメージがわかないという質問
2026年1月14日には、豊臣兄弟の黒田官兵衛役が倉悠貴さんに決まったけれど、どう思うか、という質問が投稿されました。閲覧数は1,300回を超えていて、回答は2件寄せられています。
ベストアンサーは、黒田官兵衛役といえば岡田准一さんのイメージがあるので、『あんぱん』の新聞記者役だった倉悠貴さんは、正直イメージしにくいという内容です。それでも、倉悠貴さんはきっと黒田官兵衛を見事に演じるだろう、芝居が上手だから、と期待を寄せています。ほかに、若いと思う、という回答もありました。
これからブレイクするのかという質問
翌日の2026年1月15日には、『あんぱん』で今田美桜さんの同僚役だった倉悠貴さんは注目株なのか、これからブレイクしそうか、という質問が投稿されています。閲覧数は400回を超えていて、回答は3件です。
ベストアンサーでは、2018年に男性ファッション誌の『MEN’S NON-NO』に載った写真をきっかけに、ソニー・ミュージックアーティスツにスカウトされたことが紹介されています。メンズノンノ出身の人やソニーの俳優には、主役クラスが多いという見方です。ほかにも、『SHOGUN 将軍』に出ていた人だから、朝ドラに2回出ていて映画にもたくさん出ているので注目株だろう、という回答がありました。
BTSのメンバーと雰囲気が重なるという質問
2020年3月13日には、BTSのキムテヒョンさんと倉悠貴さんが似ていないか、という質問が投稿されています。ドラマ『his~恋するつもりなんてなかった~』を見てから、倉悠貴さんがキムテヒョンさんにしか見えない、という内容で、閲覧数は500回を超えています。
回答は1件で、倉悠貴さんを初めて見たけれど分かる、雰囲気などがなんとなく似ている、という声でした。世間の声を見ると、大河ドラマへの出演などで倉悠貴さんへの関心が高まり、どんな人なのかを知りたい人が増えていることがうかがえます。お父さんやご家族のことが気になるのも、こうした注目があるからかもしれませんね。
倉悠貴の父親のまとめ
- 倉悠貴は1999年12月19日生まれ、大阪府出身の俳優である
- 父親の名前や仕事、年齢は公表されていない
- 子どものころ、父親が持っていた『湘南純愛組!』などの漫画を家で読んでいた
- のちにヤンキー漫画を実写化した映画『OUT』で主人公の井口達也を演じた
- スカウトの話に、親は夢みたいな話、ひと握りの人しか活躍できないと最初は反対した
- 反対したのは親で、父親だけが反対したという話ではない
- 友だちの、やったほうがいいやろ、真剣に俳優をやろうとしている人に失礼、という言葉で事務所に入ると決めた
- 事務所に入ってから1年ほどは大阪から東京へ通い、映画『夏、至るころ』の出演を機に上京した
- 2019年には、一人暮らしを始めたら親に電話ばかりしてしまいそうだと話していた
- 父親が国民的俳優ではないかと言われているが、裏づける報道や本人の発言は見つかっていない
- 山田孝之とは映画『新解釈・幕末伝』で共演したが、親子の役ではない
- 家族は両親と2歳上の兄の4人家族で、本人は団地育ちだと話している
- 兄は会社をやっていて、ドラマ『透明なわたしたち』のCEO役の役作りで相談した
- 母親はスカウトの話に、あんた騙されてんちゃう、と言った
- 大阪のアメリカ村の古着屋でアルバイトをしていたころ、雑誌に載った写真がスカウトのきっかけになった
出典:ViVi(2019年9月16日・デビューのきっかけと一人暮らし)/映画ナタリー(2020年2月12日・湘南純愛組!の全キャスト)/GRAND MARBLE PRESS(2020年2月15日・関西が恋しくなるとき)/Lmaga.jp(2021年1月24日・親の反対と友だちの言葉)/anan(2021年4月11日・団地育ちと普通の暮らし)/with digital(2023年10月27日・父親の漫画と母親の言葉)/シネマトゥデイ(2023年11月13日・家族構成と兄)/SCREEN ONLINE(2023年11月20日・映画OUTのインタビュー)/マイナビ学生の窓口(2023年11月20日・映画OUTのインタビュー)/宣伝会議AdverTimes(2024年3月14日・俳優になったきっかけ)/ORICON NEWS(2024年9月16日・兄が役作りのモデル)/ソニー・ミュージックアーティスツ(2025年8月25日・新解釈・幕末伝の出演決定)/シネマトゥデイ(2025年12月10日・新解釈・幕末伝のキャスト)/シネマトゥデイ(2026年1月14日・豊臣兄弟!のキャスト発表)
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