小林虎之介の実家は岡山!妹がいる家族構成と映画に誘った父

小林虎之介の実家は岡山!妹がいる家族構成と映画に誘った父

『俺たちの箱根駅伝』で青葉隼斗を演じている俳優の小林虎之介さん。実家はどこにあるのか、どんな家族と育ったのか、気になっている人も多いのではないでしょうか。

この記事では、小林虎之介さんの実家について、本人がインタビューで話したことをまとめました。実家の場所と家族構成、妹さんやお母さん、農場を営む叔父さんの話も紹介します。

さらに、俳優を目指すきっかけになったお父さんとの映画の話や、上京までの話し合い、今の親孝行も取り上げます。世間の声まで、ぜひ最後までチェックしてみてください。

Contents

小林虎之介の実家はどこ?岡山の家族構成と妹、母、農場を営む叔父

  • 実家はどこ?岡山県出身で実家の場所は公表されていない
  • 家族構成は?父と母と妹、祖母や親戚とも仲がよい
  • 兄弟は?妹がいて2歳の甥っ子をかわいがるお兄ちゃん
  • 母はどんな人?野菜炒めが好物で上京は当日に伝えた
  • 叔父はどんな人?岡山で農場を営み甥の帰省を投稿

実家はどこ?岡山県出身で実家の場所は公表されていない

小林虎之介さんの実家は、どこにあるのでしょうか。『俺たちの箱根駅伝』や『風、薫る』で小林虎之介さんを知って、どんな家で育ったのか気になった人も多いですよね。

小林虎之介さんは、岡山県の出身です。ただ、実家がある市や町の名前までは公表されていません。インタビューでは、地元の岡山に帰ったときの話をよくしていますが、家の場所については話していません。

岡山県の出身

所属事務所のピンナップスプラスの公式プロフィールでは、小林虎之介さんの出身地は岡山県と紹介されています。生年月日は1998年2月12日で、2026年10月現在は28歳です。身長は170センチ、血液型はO型で、趣味は野球観戦、バイク、散歩と書かれています。

2025年6月6日のWEBザテレビジョンのインタビューでは、岡山から上京したのは20歳か21歳のころだと話しています。子どものころから20歳ごろまでを、岡山の実家で過ごしたということですね。上京するまでの話は、このあとのお父さんの見出しで紹介します。

実家の場所は公表されていない

実家が岡山県のどこにあるのかは、本人も所属事務所も明かしていません。2026年2月20日の楽天ブックスの推し楽のインタビューでも、地元が岡山なので、京都で撮影があったときはたまにちょっと帰って、のんびり過ごしていた、と話すだけで、町の名前は出していません。

ネット上では、親戚の仕事や写真に写った景色から、実家の場所を推し量る書き込みも見られます。ただ、ご家族は一般の方です。家の場所を探したり、写真から特定しようとしたりするのは控えたいですね。

帰省を欠かさない地元

2025年5月30日のWebタウン情報おかやまの記事では、役者として引っ張りだこになった今でも、休みには故郷の岡山へ帰省し、同級生との交流も欠かさないと紹介されています。

2025年1月29日のライブドアニュースのインタビューでは、上京したばかりのころは、友達はみんな岡山にいて、東京に友達もいなかったので、ずっと孤独を感じていたと振り返っていました。下積みの期間は3年から4年ほどあったそうです。そんな時期を乗り越えた今も、帰省すると地元の仲間と会っているんですね。岡山の実家と地元の友達は、小林虎之介さんにとって、ほっとできる場所なのかもしれません。

家族構成は?父と母と妹、祖母や親戚とも仲がよい

小林虎之介さんの実家には、どんな家族がいるのでしょうか。インタビューで家族の話が出てくることも多いので、気になりますよね。

小林虎之介さんの家族には、お父さん、お母さん、妹さんがいます。写真集の撮影には、おばあちゃんやおじさんも見に来てくれたそうで、年末年始には親戚で集まって過ごしているといいます。

父と母と妹

2026年2月20日の推し楽のインタビューで、兄弟はいるかと聞かれた小林虎之介さんは、妹がいます、と答えています。お父さんとお母さんについても、インタビューでよく話していて、俳優を目指したきっかけの話にはお父さんが、上京した日の話にはお母さんが登場します。

お父さん、お母さん、妹さんは一般の方なので、名前や年齢、仕事は公表されていません。この記事では、小林虎之介さんがインタビューで話している範囲から、家族の様子を紹介していきます。妹さんのことは、このあとの兄弟の見出しでくわしく紹介しますね。

祖母とおじ

2025年6月6日のWEBザテレビジョンのインタビューによると、写真集の撮影で岡山に帰ったときには、おばあちゃんやおじさん、それにお父さんまで撮影を見に来たそうです。インタビューの中で、小林虎之介さんはお父さんのことを親父と呼んでいました。

仕事の撮影に、家族や親戚が気軽に集まってくるというのは、なかなか聞かない話ですよね。にぎやかな家族のつながりが伝わってきます。撮影の日の様子は、このあとの写真集の見出しで紹介します。

年末年始は親戚で集まる

2026年3月6日のBezzyのインタビューでは、食にまつわる温かい思い出を聞かれて、年末年始に親戚で集まって、みんなで朝から夜までお酒を飲みながらおいしいご飯を食べているときが幸せだと話しています。

何を食べるかも大事だけど、誰と食べるかが大事、最後は人だと思う、とも語っていました。実家に帰ると、家族だけでなく親戚もそろって、にぎやかなお正月を過ごしているんですね。家族や親戚と過ごす時間を、とても大切にしていることがわかります。

兄弟は?妹がいて2歳の甥っ子をかわいがるお兄ちゃん

小林虎之介さんに兄弟はいるのでしょうか。ネット上では一人っ子ではないかと言われたこともあり、気になる人も多いですよね。

小林虎之介さんには、妹さんがいます。2026年のインタビューで本人が話していて、最近2歳になった甥っ子もいるそうです。地元に帰ると甥っ子にプレゼントをたくさん用意する、家族思いのお兄ちゃんなんですね。

妹がいるお兄ちゃん

2026年2月20日の推し楽のインタビューは、ドラマ『ながたんと青と -いちかの料理帖-2』で、主人公の夫の兄、栄を演じたときのものです。兄の役を演じたことから、兄弟はいるかと聞かれ、妹がいます、と答えていました。

一方で、ネット上では、兄弟の話がほとんど出てこないことから、一人っ子ではないかと言われたこともありました。本人の話から、妹さんがいるお兄ちゃんであることがわかります。兄弟について聞かれて妹さんの話をしているので、お兄さんがいるという話は出ていません。

家族に尽くすタイプ

現実でもお兄さんなんですね、と言われると、小林虎之介さんは、めちゃくちゃ家族思いです、と答えています。地元に帰ったときには甥っ子にプレゼントをたくさんして、かわいがって、常に家族に尽くすような、そんなお兄ちゃんです、と笑っていました。

演じた栄は、父親に認めてもらいたい、兄弟に負けたくないという思いが強い人物でした。小林虎之介さんは、栄は自分とあまり共通点がない役だと話していて、演じることは挑戦だったそうです。実際の小林虎之介さんは、家族のために動くやさしいお兄ちゃんなんですね。

アンパンマンが好きな甥っ子

甥っ子は最近2歳になったばかりで、アンパンマンが大好きなんだとか。いまだにアンパンマンしかしゃべらないほどで、1歳ぐらいのころから、アンパンマンという言葉だけはすでに覚えていたそうです。

そのため、小林虎之介さんはアンパンマンのクッキーや、いろいろなお菓子が箱に入ったセットを買っているといいます。もうすぐイヤイヤ期があると知って、アンパンマン、嫌だ、と言い始めたらどうしようかと思っている、とも話していました。甥っ子がかわいくて仕方がない様子が伝わってきますね。

母はどんな人?野菜炒めが好物で上京は当日に伝えた

小林虎之介さんのお母さんは、どんな人なのでしょうか。実家での食事や、お母さんとの思い出も気になりますよね。

小林虎之介さんが、お母さんの手料理で一番好きなのは野菜炒めです。野球部のころは、部活のあとに夢中で食べていたそうです。また、大学を辞めて上京するときは、お母さんには出発の当日になって伝えたといいます。お母さんの名前や仕事は公表されていません。

一番好きな手料理は野菜炒め

2024年11月20日の女性セブンプラスの記事で、お母さんの手料理で一番好きなものを聞かれた小林虎之介さんは、野菜炒めと答えています。具がたくさん入っていて、ちょっと濃いソース味で、部活のあとは夢中で食べていたそうです。

今はひとり暮らしなので、あの味が懐かしい、とも話していました。小学1年生から高校3年生まで野球を続けた小林虎之介さんは、お母さんの野菜炒めを食べて、毎日の練習をがんばっていたんですね。具だくさんの野菜炒めは、実家の味として心に残っているようです。

上京の日の夜に伝えた

2026年6月19日のスポーツ報知の記事によると、小林虎之介さんはこの日に出演したNHKのあさイチで、上京したときの話をしています。お母さんには黙っていて、岡山を出る当日の夜に、今日から東京に行く、と伝えたそうです。東京へは夜行バスで向かったといいます。

そのとき、退学の手続きも、退学届も全部出した、と言ったので、お母さんはびっくりしていたそうです。夜の8時か9時に、スーツケースを持って、行くから、と家を出たと振り返っていました。2026年10月10日の文春オンラインの記事でも、母には出発の当日に、これから夜行バスで東京に行く、と宣言したと話しています。

前もって言わなかった理由

お母さんに前もって伝えなかった理由について、小林虎之介さんは、絶対にギャーギャー騒がれるので、その未来が目に見えていて嫌だった、と話しています。

お父さんには前もって相談して、お母さんには出発の当日に伝える、という順番だったんですね。同じ実家の両親でも、伝え方がまったく違っていたというのは、思わず笑ってしまうエピソードです。お父さんとどんなふうに話し合ったのかは、このあとのお父さんの見出しで紹介します。

叔父はどんな人?岡山で農場を営み甥の帰省を投稿

小林虎之介さんには、農場を営んでいる叔父さんがいます。どんな人なのか、気になりますよね。

叔父さんは、2024年2月12日に自身のInstagramで、甥の俳優の小林虎之介さんが、お正月に帰省してきたと投稿しています。小林虎之介さんがドラマ『下剋上球児』で注目されたあとのことで、甥の活躍を喜ぶ様子がつづられていました。

農場を営む叔父

叔父さんの投稿には、農場のInstagramのフォロワーが300人から400人ほど増えた、と書かれています。叔父さんは農場を営んでいて、甥の小林虎之介さんが注目されたことで、農場のアカウントを見る人も増えたようです。投稿には、小林虎之介さんのアカウントもタグ付けされていました。

叔父さんは一般の方なので、この記事では名前や農場の名前は紹介しません。ネット上では、叔父さんの農場の名前や場所もよく話題になっていますが、そっとしておきたいところです。

お正月の帰省を投稿

投稿では、下剋上球児で少し知られてきた甥が、お正月に帰省してきたこと、自分の周りの人も小林虎之介さんのことを知っているみたいで、なんだか不思議だということがつづられていました。

2023年に放送された『下剋上球児』は、小林虎之介さんにとって、初めての地上波の連続ドラマのレギュラー出演でした。注目されるようになってすぐのお正月にも、岡山に帰って親戚と顔を合わせていたんですね。周りの人にまで知られるようになったことを、なんだか不思議、とつづっているのが印象的な投稿です。

名前や場所はそっとしておきたい

叔父さんの投稿には、小林虎之介さんを推している女性が訪ねてきてくれる、ということも書かれていました。そして、この調子でがんばってもらいたい、と甥を応援する言葉で締めくくっています。

叔父さんは甥の活躍を温かく見守っていますが、叔父さんもご家族も一般の方です。親戚の仕事や場所から、実家の場所を探ったりするのは控えたいですね。2025年の写真集の撮影の日には、おじさんも撮影を見に来たと、小林虎之介さんは話しています。親戚みんなで応援しているんですね。

小林虎之介の実家の父はどんな人?映画に誘った父と上京、今の親孝行

  • 実家で過ごした学生時代は?野球12年と浪人、目標を見失った日々
  • 父はどんな人?クイーン好きでボヘミアン・ラプソディに誘った
  • 俳優になると決めたとき父は?部屋で3日間話して背中を押した
  • 写真集の撮影には?育った牧場に祖母やおじ、父も見に来た
  • 今の父との時間は?東京出張の父を泊めて店をはしごした
  • 世間の声は?好きな若手俳優に挙げる声やこれからの活躍への期待

実家で過ごした学生時代は?野球12年と浪人、目標を見失った日々

小林虎之介さんは、岡山の実家でどんな学生時代を過ごしたのでしょうか。お父さんに映画に誘われる前の話も気になりますよね。

小林虎之介さんは、小学1年生から高校3年生までの12年間、野球を続けていました。高校は進学校で、大学受験に一度失敗して1年間浪人したあと、地元の岡山で大学に入っています。ただ、大学に入ると目標を見失ってしまったそうです。通っていた学校の名前は公表されていません。

小学1年から12年続けた野球

2023年11月12日のReal Soundのインタビューによると、小林虎之介さんは小学校1年生から高校3年生まで12年間、野球をしていました。中学校までは外野と内野を守り、高校で硬式野球になると、防具をつけて一番痛くなさそうだという理由で、キャッチャーを選んだそうです。

高校の3年間は、ずっとキャッチャーでした。本当はずっと右打ちで、小学6年生から中学2年生までは、左でも打つ両打ちだったといいます。痛くなさそうだからキャッチャーを選んだ、と笑って話すところに、飾らない人柄が出ていますね。

進学校から1年の浪人

2024年7月24日のモデルプレスのインタビューでは、進学校に通っていたので、仲のよい友達もみんな頭がよく、自分一人だけ大学に落ちてしまったと話しています。その後は予備校に通い、人生をかけて勉強しないといけないと思って、1年間誰とも会わずに過ごしたそうです。

次の年に大学に通い始めましたが、新歓でも周りに人がいるのが怖くて、一人の場所に逃げてしまうこともあったといいます。そんなときに支えてくれた友達とは、今でもよくオンラインゲームをして話しているそうです。

目標を見失った日々

2024年11月20日の女性セブンプラスの記事では、高校時代は野球や受験など目標があったけれど、大学に入って目指すものがなくなってしまった、と話しています。2026年10月10日の文春オンラインの記事でも、地元の岡山で大学に入ると、目指すべき将来が見えず、もぬけの殻のようになったと振り返っていました。

2026年5月9日のスポニチアネックスの記事では、もともと芸能界に興味はなく、自堕落な大学生だった、と紹介されています。2024年7月24日のU-NEXT SQUAREのインタビューによると、理系だったので勉強は必死だったそうです。そんな日々の中で、お父さんからある映画に誘われることになります。

父はどんな人?クイーン好きでボヘミアン・ラプソディに誘った

小林虎之介さんのお父さんは、どんな人なのでしょうか。俳優になったきっかけにお父さんが関わっていると聞いて、気になった人も多いですよね。

お父さんは、イギリスのロックバンド、クイーンが好きな人です。目標を見失っていた小林虎之介さんを、クイーンを描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』に誘い、その映画が、俳優の道に進むきっかけになりました。お父さんの名前や職業は公表されていません。

クイーンが好きな父

2024年4月12日のWEBザテレビジョンのインタビューで、小林虎之介さんは、俳優を目指したきっかけを話しています。就職活動が始まるころ、周りがインターンに行き始めたけれど、自分は行きたい企業がなくて嫌だなと思っていたそうです。そんなとき、クイーンが好きなお父さんから、一緒に行かん?と映画に誘われました。

お芝居に興味があったわけではなく、一緒に行って喜ぶんだったらついていってあげよう、暇だし、という気持ちで出かけたそうです。気軽に誘うお父さんと、軽い気持ちでついていく息子のやりとりから、仲のよい親子の様子が伝わってきますね。

ぐーたらしているならと誘った父

2026年6月19日のスポーツ報知の記事によると、あさイチでは、本当にやりたいことがなさすぎて、人生に飽きてきたときがあった、と話しています。見かねたお父さんが、ぐーたらしているんだったら、と映画に誘ってくれたそうです。2026年10月10日の文春オンラインの記事でも、見かねた父親が映画に誘ってくれたのが転機になった、と振り返っています。

映画を見た時期は、2024年7月のU-NEXT SQUAREや2026年2月のFASTのインタビューでは大学2年生のとき、2024年11月の女性セブンプラスの記事では大学3年生のときと紹介されていて、記事によって少し違います。

映画がきっかけで俳優の道へ

映画はすごく面白く、この業界は面白そうだなと思ったそうです。その後に映画『グリーンブック』も見て、この業界で働こうと決め、半年後には俳優の養成所を見つけて、岡山の大学を辞めて東京に行きました。養成所から進むなら一番可能性が高いのは役者かなと思って、俳優を選んだといいます。

2026年2月16日のFASTのインタビューでは、もし『ボヘミアン・ラプソディ』に出会っていなければ役者になっていない、たぶん地元の食品メーカーなどに就職していたと思う、と話しています。お父さんの誘いがなければ、俳優の小林虎之介さんはいなかったのかもしれませんね。

俳優になると決めたとき父は?部屋で3日間話して背中を押した

映画をきっかけに俳優を目指すと決めた小林虎之介さんに、お父さんはどう答えたのでしょうか。大学を辞めるという決断に、反対はなかったのか気になりますよね。

お父さんは、急にどうした、と驚いたそうです。それでも、お父さんの部屋で3日間くらい話し合い、最後には背中を押してくれたといいます。親からは、単位を全部取ったらいい、という条件も出されていました。

急にどうしたと驚いた父

2026年6月19日のスポーツ報知の記事によると、小林虎之介さんは映画を見たあと、この業界に携わりたい、大学にいる必要はない、とりあえず東京に行きたい、という話をお父さんにしたそうです。お父さんは、急にどうした、と息子の決断にびっくりしたといいます。

自分が誘った映画をきっかけに、息子が東京に行きたいと言い出したということですね。2026年5月9日のスポニチアネックスの記事では、俳優を目指し、父を口説いて大学を辞めて上京した、と紹介されていました。上京してからは、いろいろな芸能事務所に履歴書を送ったそうです。

3日間の話し合い

あさイチでは、初めてお父さんの部屋で面と向かって話す機会が、3日間くらいあったと話しています。そして、最終的にはお父さんが背中を押してくれたそうです。

2026年10月10日の文春オンラインの記事でも、父には事前に言った、と話しています。お父さんにはしっかり相談して、何日もかけて気持ちを伝えたんですね。親子で面と向かって話したのはこのときが初めてだったというのも、印象に残るエピソードです。

親から出された条件

2024年7月24日のU-NEXT SQUAREのインタビューによると、大学2年生のときに俳優になりたいと親に相談したら、単位を全部取ったらいいよ、と言われたそうです。親は無理だと思っていたようですが、本当に取ってしまったので驚かれたといいます。

理系の勉強は大変でしたが、2年で全部の単位を取り、じゃあ大学を辞めて俳優をやるわ、と言って今に至るそうです。同じ日のモデルプレスのインタビューでも、単位は全部取ってから、演技に興味を持ち始めたタイミングで大学を辞めて上京した、と話していました。

写真集の撮影には?育った牧場に祖母やおじ、父も見に来た

小林虎之介さんは、2025年に初めての写真集を出しています。撮影は地元の岡山で行われ、家族も見に来たそうです。どんな撮影だったのか気になりますよね。

写真集『小林虎之介1st写真集 冬麗』は、2025年5月16日にKADOKAWAから発売されました。故郷の岡山を中心に撮影され、最初の撮影は、小林虎之介さんが育った牧場で行われました。その撮影を、おばあちゃんやおじさん、お父さんが見に来たそうです。

故郷の岡山で撮った写真集

2025年2月11日の映画ナタリーの記事によると、写真集には、幼少期を過ごした風景や、学生時代の仲間とのカットが収められています。小林虎之介さんは、初めては故郷がいいかなと思ったので岡山で撮りました、ちびっ子のころ育った場所だったり、友達と一緒に撮ったり、のびのびと撮影できた、とコメントしていました。

2025年6月6日のWEBザテレビジョンのインタビューでは、どうせ撮るなら自分が過ごした場所で撮りたいと思った、ほかに思い入れのある場所も思いつかなかった、と話しています。冬麗というタイトルには、冬だけれど日差しがぽかぽかして温かい日という意味があるそうです。

育った牧場に家族が集まった

同じインタビューで、最初に撮ったのは、僕が育った牧場で、と話しています。そのときは、おばあちゃん、おじさん、なんなら親父まで撮影を見に来て、メイクなんかしちゃって、というような空気があったそうです。

東京で仕事をするのとは全然違う空気感で、仕事のオンと、地元のオフのスイッチがどっちも入っていて、不思議な気持ちだったといいます。子どものころに過ごした牧場で、家族に見守られながらの撮影だったんですね。写真集には、そんな地元での自然な表情がたくさん収められているそうです。

同級生とのキャッチボール

2025年5月30日のWebタウン情報おかやまの記事によると、写真集の野球の場面は、高校時代に一緒に野球をした地元の同級生が集まって撮影されました。倉敷市の児島ジーンズストリートでも撮影が行われたそうです。

WEBザテレビジョンのインタビューでは、年を取ったらキャッチボールすらできなくなるから、今のうちにキャッチボールの写真を撮っておこう、という感じで撮った、と話しています。写真集には、同級生との座談会も収められています。地元の仲間に囲まれた、のびのびとした撮影だったんですね。

今の父との時間は?東京出張の父を泊めて店をはしごした

俳優として活躍する今、小林虎之介さんはお父さんとどんな時間を過ごしているのでしょうか。最近のお父さんとのエピソードも気になりますよね。

2026年3月のインタビューでは、東京に出張で来たお父さんを自宅に泊めて、お酒を飲めるお店をはしごしたと話しています。ちょっと親孝行できたかな、と振り返っていました。

東京出張の父を泊めた

2026年3月6日のBezzyのインタビューで、親御さんや親戚の子どもにごちそうする機会もあるのでは、と聞かれた小林虎之介さんは、この前、父親が東京出張で、うちに泊めてと言うから泊めた、と話しています。

ふだんはお酒を飲まないそうですが、せっかくだからと、お酒を飲める場所にたくさん連れて行ったといいます。お父さんはうれしそうだった、とも話していました。ふだんはお酒を飲まない小林虎之介さんが、お父さんのためにお店をはしごしたというのが、なんだかほほえましいですね。

父が調べた店をはしご

お父さんは、事前に行きたいお店をめっちゃ調べていたそうです。最初はお父さんが行きたいお店を回り、途中からは小林虎之介さんの行きたいお店に連れて行ったといいます。

その中の1軒は、以前共演した役者さんがすすめてくれたお店でした。店構えは庶民的だったので安心して入ったところ、一つひとつの値段が全然かわいくなくて、本当にびっくりしたそうです。上京のときに背中を押してくれたお父さんを、今度は自分が東京で案内したんですね。

野球をやらせてくれた親への感謝

2023年11月12日のモデルプレスのインタビューでは、野球をやっていなかったらオーディションで役をつかめていなかった可能性が高い、親に野球をやらせてもらえて本当によかった、と感謝を語っています。このときに出演していたのは、高校野球部の物語の『下剋上球児』でした。

子どものころに打ち込んだ野球が、俳優としての仕事にもつながったんですね。2026年10月からは『俺たちの箱根駅伝』で、明誠学院大学のキャプテン、青葉隼斗を演じています。実家で家族に支えられて過ごした日々が、今の仕事にも生きているようです。

世間の声は?好きな若手俳優に挙げる声やこれからの活躍への期待

小林虎之介さんについて、世間ではどんな声が上がっているのでしょうか。ここでは、Yahoo!知恵袋に寄せられた質問を3つ紹介します。

好きな若手俳優に小林虎之介さんを挙げる質問のほか、あさイチを見た感想や、これからの活躍をたずねる質問も寄せられていました。どれも、小林虎之介さんの人柄や演技に注目した質問です。

好きな若手俳優に挙げる声

2025年1月9日には、好きな若手俳優を教えてください、私は小林虎之介くんと本島純政くんです、という質問が投稿されています。閲覧数は346回で、回答は6件です。

ベストアンサーでは、ドラマアカデミー賞で小林虎之介くんにネット投票した、今後さらなる高みへ活躍していくのかなと期待している、と答えられていました。ほかにも、宙わたる教室がすごくよかった、という回答が寄せられています。2024年の『宙わたる教室』で、小林虎之介さんを知った人も多いようですね。

あさイチを見た感想

2026年6月19日には、あさイチのプレミアムトークに出演した小林虎之介さんを見て、いかがでしたか、という質問が投稿されています。閲覧数は49回で、回答は2件です。この日の放送では、お父さんと見た映画や、お母さんに当日伝えた上京の話をしていました。

回答では、とても爽やかな青年で好感が持てる、という声や、すごくよかった、好きな若手俳優の一人です、という声が寄せられていました。家族の話を飾らずに語る姿に、好感を持った人が多かったようです。

これからの活躍をたずねる質問

2026年10月13日には、朝ドラや箱根駅伝など、徐々に活躍の場を広げているが、これからもっと活躍する俳優になると思うか、という質問が投稿されています。閲覧数は23回で、回答は2件です。

回答では、活躍する俳優になると思う、という声のほか、宙わたる教室で衝撃的な演技力だと感じたけれど、それを超える演技はまだ見ていない、という厳しめの声もありました。2026年10月からは『俺たちの箱根駅伝』も始まり、小林虎之介さんを見る機会はますます増えていきます。期待されているからこそ、これからの作品に注目が集まっているんですね。

小林虎之介の実家のまとめ

  • 小林虎之介は1998年2月12日生まれで、岡山県出身である
  • 実家がある市や町の名前は公表されていない
  • 岡山から上京したのは20歳か21歳のころで、今も休みには地元に帰省している
  • 家族は父と母と妹で、家族の名前や仕事は公表されていない
  • 妹がいて、最近2歳になった甥っ子をかわいがる、家族に尽くすお兄ちゃんである
  • 年末年始には親戚で集まり、朝から夜までご飯を食べて過ごす
  • 母の手料理で一番好きなのは、具の多い濃いめのソース味の野菜炒めである
  • 上京するときは、母には出発の当日の夜に伝えた
  • 叔父は農場を営み、2024年のお正月に甥が帰省したことをInstagramに投稿した
  • 小学1年から高校3年まで12年間野球を続け、高校ではキャッチャーだった
  • 進学校から1年浪人して地元の岡山で進学したが、目標を見失った
  • クイーン好きの父に映画『ボヘミアン・ラプソディ』に誘われたことが、俳優を目指すきっかけになった
  • 父の部屋で3日間ほど話し合い、父は最後に背中を押してくれた
  • 写真集の最初の撮影は育った牧場で行われ、祖母やおじ、父も見に来た
  • 東京出張の父を自宅に泊め、お酒を飲める店をはしごして親孝行した

出典:Real Sound(2023年11月12日・12年間の野球)/モデルプレス(2023年11月12日・親への感謝)/叔父のInstagram(2024年2月12日・甥の帰省)/WEBザテレビジョン(2024年4月12日・俳優を目指したきっかけ)/U-NEXT SQUARE(2024年7月24日・親から出された条件)/モデルプレス(2024年7月24日・浪人の1年)/女性セブンプラス(2024年11月20日・母の野菜炒め)/ライブドアニュース(2025年1月29日・上京後の日々)/映画ナタリー(2025年2月11日・故郷で撮った写真集)/Webタウン情報おかやま(2025年5月30日・写真集の撮影)/WEBザテレビジョン(2025年6月6日・育った牧場での撮影)/FAST(2026年2月16日・映画がなければ地元で就職)/楽天ブックス 推し楽(2026年2月20日・妹と甥っ子)/Bezzy(2026年3月6日・東京出張の父と親戚の集まり)/スポニチアネックス(2026年5月9日・父を口説いて上京)/スポーツ報知(2026年6月19日・母には上京の当日に)/文春オンライン(2026年10月10日・父が誘った映画が転機)/ピンナップスプラス(公式プロフィール)

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