坂口涼太郎の学歴まとめ|神戸の中学→茅ヶ崎の高校→文化服装学院──小3で『キャッツ』に雷を受けた少年の軌跡

NHK朝ドラ『風、薫る』、TBS『罠の戦争』、Netflix作品など話題作に引っ張りだこの個性派俳優・坂口涼太郎(さかぐち りょうたろう)さん。「クセメン」俳優として唯一無二の存在感を放っています。

「高校はどこ?」「大学は出てるの?」「なぜ俳優になったの?」──調べてみると、坂口さんの学歴には小3でミュージカル『キャッツ』に雷を受けて泣いた原体験→森山未來の両親のダンススタジオ→神戸から茅ヶ崎への転居→文化服装学院→俳優デビューという、芸術と出会いに彩られた道のりが隠されていました。

この記事では、Wikipedia・本人インタビュー・本人X・各種メディアの一次ソースをもとに、坂口涼太郎さんの学歴を時系列で詳しく解説します。

学歴一覧

学校 所在地 時期 備考
神戸市立の公立小学校 兵庫県神戸市 〜2003年頃 3歳からピアノ。小3で『キャッツ』に感動
神戸市立太山寺中学校 兵庫県神戸市 2003〜2006年頃 森山未來の両親のダンススタジオに通い始める
茅ヶ崎の高校(校名非公表) 神奈川県茅ヶ崎市 2006〜2009年頃 父の転勤で転居。高2で森山未來主演舞台に出演
文化服装学院 東京都渋谷区 2009年頃〜 両親の勧めで進学。ファッションの世界を学ぶ

 

出身小学校|神戸市立の小学校・3歳からピアノ・アトピーとの闘い

坂口涼太郎さんは兵庫県神戸市出身で、地元の公立小学校に通っていました。

芸術に囲まれた幼少期

Wikipediaによると、坂口さんは「一人っ子で両親の愛情を一身に受けて育ち、3歳からピアノを習い始め、幼い頃より両親に連れられて劇場や映画館、美術館に通う」と記載されています。

3歳からピアノ、そして劇場・映画館・美術館に通う生活──両親が芸術教育に非常に熱心だったことがわかります。

幼稚園の夢は「サーカス団になりたい」

坂口さんの幼稚園時代の夢は「サーカス団になりたい」。小さい頃から「身体を使って表現したい」という欲求が強かったことがうかがえます。

アトピーとの闘い

一方で、坂口さんは小学校低学年までアトピーが酷く、外に出るのも嫌になるほどだったそうです。

本人のインタビューでは、小学校の入学式で同級生に「それ、触ってもうつらないよね?」と言われた経験を語っています。この言葉に深く傷ついた坂口さんは、「僕は人が触りたくないと思う人間なんだ」と感じてしまったといいます。

このアトピーの経験が、後に『キャッツ』の「メモリー」に涙する伏線となります。

小3で人生を変えたミュージカル『キャッツ』

坂口涼太郎さんの人生を決定づけた出来事が、**小学3年生の時に観劇したミュージカル『キャッツ』**です。

Wikipediaには「小学3年の時に観劇したミュージカル『キャッツ』の楽曲『メモリー』に十分意味がわからないながらも雷に打たれたように涙を流し感動して『絶対にあの舞台に立ちたい』と心に決める」と記されています。

なぜ「メモリー」に涙したのか

坂口さん自身はインタビューで、アトピーで傷ついた経験と「メモリー」を聴いた時の感情を結びつけて語っています。歌詞の意味は十分にわからなかったものの、「ずっと蓋をしていた自分の気持ちが溢れ出た」のだそうです。

この日から、坂口さんは「舞台に立つ」ために何をすればいいかを考えながら生活するようになりました。

出身中学校|神戸市立太山寺中学校・森山未來の両親のダンススタジオへ

坂口涼太郎さんの出身中学校は神戸市立太山寺(たいさんじ)中学校です。

母親の一言がダンスの道を開いた

中学に入ってから、坂口さんは劇団のオーディションを受けようかと考え始めます。すると母親から「あなたがやりたいのはミュージカルでしょ? 歌は上手だけど、ダンスも必要だから習ってみたら?」と言われます。

母親は電話帳からダンススタジオを探し、「男の先生がいるところ」「色々なダンスが学べるところ」「男の子がいるところ」という条件で見つけたのが、**俳優・森山未來さんの両親が経営する「スタジオモダンミリィ」**でした。

森山未來の両親に育てられたダンス

スタジオモダンミリィで坂口さんはジャズ、バレエ、コンテンポラリー、ヒップホップなど多様なジャンルのダンスを学びました。最初は「ミュージカルに出るための手段」だったダンスが、やがてのめり込むほどの情熱に変わっていきます。

本人Xでは「僕の出発点であるダンススタジオ『スタジオモダンミリィ』。昔のように迎え入れてくださりとても嬉しかった。モダンミリィのおかげで今の僕がある。ここで学べて本当によかった。世界にひとつだけの大切な場所」と投稿しています。

また、中学時代にはサックスの練習も始めています。ピアノ・サックス・ダンスと、表現の引き出しを次々と増やしていった時期です。

📌 出典: Wikipedia、本人X(@RyotaroSakaguTw)2017年6月22日

出身高校|茅ヶ崎の高校(父の転勤で神戸→神奈川)

坂口涼太郎さんは、高校入学のタイミングで父親の仕事の都合により兵庫県神戸市から神奈川県茅ヶ崎市に転居しています。

高校名は公式には非公表

高校名は本人・事務所ともに公表していません。ネット上では神奈川県立茅ヶ崎高等学校(偏差値54)が有力とされていますが、確定情報ではありません。

本人はブログで「湘南に住んでいた」「高校時代を茅ヶ崎で過ごした」と語っており、茅ヶ崎市内の高校に通っていたことは確実です。

転居直後の苦悩と音楽による救い

神戸から茅ヶ崎への転居は、坂口さんにとって大きな環境変化でした。関西と関東のノリの違いに戸惑い、当初は塞ぎ込んでいたそうです。

しかし、音楽の授業で一人ずつ発表する機会があり、自分の気持ちを歌にして披露したところ、泣いて感動してくれるクラスメイトまでいたとのこと。この経験がきっかけで坂口さんはライブ活動を始め、自作曲のピアノ弾き語りで動画配信も行うようになります。

高校2年で初舞台|森山未來主演『戦争わんだー』にダンサー出演

高校2年生(17歳)の時、神戸のスタジオモダンミリィから「ダンス公演のオーディションを受けませんか」という手紙が届きます。

このオーディションに合格した坂口さんは、2007年に森山未來さん主演・演出のダンス公演『戦争わんだー』にダンサーとして出演し、プロとしての初舞台を踏みました。

坂口さんは「ようやく表現できるという喜びに溢れていた」と振り返っており、この公演が後の俳優デビューへの直接的な道を開くことになります。

おかっぱ頭の誕生秘話|「嘘でしょ? すごい似合っていて」

坂口涼太郎さんのトレードマークであるおかっぱ(マッシュルーム)ヘアは、実は偶然の産物でした。

当時アルバイトをしていた坂口さんは、バイト先の規定で「耳に髪の毛がかかってはいけない」とのこと。美容院で「ここだけ切ってください」と頼んだところ、マッシュルームヘアになってしまいました。

本人はインタビューで「『へっ? 嘘でしょ?』ってなったんですけど、すごい似合っていて」と語っています。この髪型にしてからオーディションもどんどん受かるようになったそうで、以来トレードマークとして定着しています。

文化服装学院|「パリコレの服がどうやって作られているのか知りたかった」

高校卒業後、坂口さんは大学には進学せず、東京の文化服装学院に進学しています。

進学の経緯

高校3年で事務所(キューブ)に所属したものの、1年間オーディションに全く受からない日々が続きました。高校卒業の時に両親から「学校へ行ったほうがいい」と勧められ、興味のあったファッションの学校に進学します。

坂口さん自身は「パリコレのショーを観て、どうやって服が作られているのか知りたかった」とファッションへの関心を語っています。

文化服装学院とは

項目 内容
学校名 文化服装学院
所在地 東京都渋谷区
創立 1919年
特徴 日本を代表するファッション専門学校。世界的にも高い評価
主な卒業生 コシノジュンコ、コシノヒロコ、ドン小西ほか多数のデザイナー

1919年創立の伝統校で、コシノジュンコさんやコシノヒロコさんなど数多くのファッションデザイナーを輩出しています。

文化服装学院での出会い

在学中、坂口さんはダンス公演で俳優・八十田勇一さんと出会います。八十田さんから「君は踊っている時もすごく喋りたそうに見える。俳優ならダンスもセリフもできるよ」と声をかけられたことが、俳優への大きな転機となりました。

「役者になれば?」──俳優への転機となった一言

八十田勇一さんの「じゃあおまえ、役者になれば? 役者になればダンスもできるし、セリフも言えるよ」という言葉は、坂口さんの進路を決定づけました。

それまで坂口さんは「舞台に立つ人」になりたいと漠然と思っていましたが、この一言で「ダンスもセリフもできる『俳優』」という具体的な選択肢が生まれたのです。

2010年、映画『書道ガールズ!! わたしたちの甲子園』で俳優デビュー。以来、バイプレーヤーとして数多くの作品に出演し、「クセメン」俳優として唯一無二のポジションを確立していきます。

学歴から見える坂口涼太郎の人物像

坂口涼太郎さんの学歴を振り返ると、いくつかの特徴が浮かび上がります。

特徴 根拠
両親の芸術教育が根底にある 3歳からピアノ、劇場・映画館・美術館に通う幼少期
原体験が行動の指針になっている 小3の『キャッツ』体験が「舞台に立つ」という目標を生んだ
母親の一言が転機を作る 「ダンスも必要だから習ってみたら?」→スタジオモダンミリィへ
逆境を表現に変える力 アトピーの経験→『メモリー』での感動、転居の孤立→音楽での表現
偶然を味方にするセンス バイト先の規定→おかっぱ頭→オーディション合格率アップ
人との出会いがキャリアを動かす 森山未來の両親、八十田勇一の一言

特に「逆境を表現に変える」という点は、坂口さんの俳優としての強みに直結しています。アトピーで傷ついた経験が『キャッツ』への感動を生み、関西から関東への転居で塞ぎ込んだ経験が音楽での表現を生んだ──ネガティブな体験をクリエイティブなエネルギーに転換する能力が、学生時代から備わっていたことがわかります。

まとめ

分類 内容
確実に言えること 出身地は兵庫県神戸市
確実に言えること 出身中学は神戸市立太山寺中学校
確実に言えること 中学時代から森山未來の両親のダンススタジオに通った
確実に言えること 高校入学時に父の転勤で神奈川県茅ヶ崎市に転居
確実に言えること 高2で森山未來主演『戦争わんだー』にダンサー出演(初舞台)
確実に言えること 高校卒業後、文化服装学院(東京)に進学
確実に言えること 2010年に映画『書道ガールズ!!』で俳優デビュー
⚠️ 未確認 出身高校の具体的な校名(茅ヶ崎高校が有力だが未確定)
⚠️ 未確認 出身小学校の具体的な校名

坂口涼太郎さんの学歴は、一見すると「高校→ファッション専門学校→俳優」という変わったルートですが、その背景には小3で『キャッツ』に雷を受けた少年が、ピアノ→ダンス→歌→ファッション→演技と表現の幅を広げ続けた一貫した物語があります。

「クセメン」と呼ばれる独自の存在感は、この多彩な表現経験の積み重ねから生まれたものなのです。

プロフィール表

項目 内容
名前 坂口涼太郎(さかぐち りょうたろう)
生年月日 1990年8月15日
年齢 35歳(2026年3月現在)
出身地 兵庫県神戸市
身長 171cm
血液型 B型
所属事務所 キューブ
最終学歴 文化服装学院 卒業
特技 ピアノ弾き語り、ダンス(ジャズ・バレエ・コンテンポラリー・ヒップホップ)、短歌、英語
趣味 読書、映画・演劇・アート鑑賞、旅
俳優デビュー 2010年 映画『書道ガールズ!! わたしたちの甲子園』
舞台デビュー 2007年 森山未來主演『戦争わんだー』(ダンサー)
主な出演作 NHK朝ドラ『なつぞら』『らんまん』『風、薫る』、TBS『罠の戦争』、アタックZERO CM等
家族構成 一人っ子(両親と3人家族)

 

📎 関連記事(内部リンク)

📚 主要出典

  • Wikipedia「坂口涼太郎」
  • 坂口涼太郎 本人X(@RyotaroSakaguTw)
  • 坂口涼太郎 公式ブログ
  • 各種インタビュー記事(Yahoo!ニュース等)
  • キューブ公式サイト(坂口涼太郎プロフィール)
  • 映画.com(坂口涼太郎プロフィール)

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