朝ドラ『ばけばけ』や映画で活躍している俳優の杉田雷麟さん。どこの高校に通い、大学には進んだのか、学歴が気になっている人も多いのではないでしょうか。
この記事では、杉田雷麟さんの学歴について、本人がインタビューで話したことやNHKのスタッフブログをもとにまとめました。栃木県足利市で過ごした小学校と中学校のころや、サッカーに打ち込んだ少年時代も紹介します。
さらに、14歳で俳優の道に進んだいきさつや、高校3年生まで遠くから撮影に通った高校時代、卒業後のことも取り上げます。世間の声まで、ぜひ最後までチェックしてみてください。
Contents
- 1 杉田雷麟の学歴は?足利で過ごした小学校と中学校、サッカー少年の日々
- 2 杉田雷麟の学歴で高校と大学はどこ?栃木から撮影に通った高校時代と卒業後
杉田雷麟の学歴は?足利で過ごした小学校と中学校、サッカー少年の日々
- 出身はどこ?栃木県足利市で小中高の学校名は公表されていない
- 小学生のころは?2歳でサッカーを始め小6でボクシングも
- 地元ではどう過ごした?両崖山で遊び撮影中の小栗旬さんに会った
- 学校で困ったことは?先生も名前を読めず習字では黒い丸に
- 中学時代は?プロのサッカー選手を目指し二択で進路を考えた
出身はどこ?栃木県足利市で小中高の学校名は公表されていない
杉田雷麟さんは、どこで生まれ育ち、どんな学校に通っていたのでしょうか。朝ドラ『ばけばけ』や映画で杉田雷麟さんを知って、学生時代が気になった人も多いですよね。
杉田雷麟さんは、栃木県足利市の出身です。ただ、通っていた小学校、中学校、高校の名前は公表されていません。
栃木県足利市の出身
所属事務所アレの公式プロフィールでは、出身地は栃木県と紹介されています。2026年1月2日の下野新聞の記事では、足利市出身の杉田雷麟さんとして、地元での少年時代の思い出が紹介されていました。
2025年1月21日のMOVIE WALKER PRESSのインタビューでも、杉田雷麟さんは、地元が栃木県の足利市なので子どものころから山には慣れている、と話しています。足利市で生まれ育ち、学生時代も地元で過ごしていたということですね。
小学校から高校までの学校名
通っていた小学校、中学校、高校の名前は、所属事務所の公式プロフィールには載っていません。プロフィールに書かれているのは、出身地、生年月日、身長、特技、趣味、受賞歴、出演作などです。
ネット上では、地元の栃木県内の公立の学校に通っていたのではないかと言われています。ただ、学校名を示す資料はなく、どこの学校かは公表されていません。一方で、高校に通っていたことは、本人がNHKのスタッフブログで答えています。くわしくは、このあとの高校の見出しで紹介しますね。
生年月日と学年
所属事務所の公式プロフィールによると、杉田雷麟さんは2002年12月10日生まれで、2026年10月現在は23歳です。身長は173センチで、特技にはボクシング、サッカー、日本舞踊(藤間流)が並んでいます。
2002年12月10日生まれなので、計算すると、小学校に入学したのは2009年4月、中学校に入学したのは2015年4月、高校に入学したのは2018年4月になります。高校を卒業したのは、2021年3月ということになりますね。この学年の計算は、2021年1月のNHKのスタッフブログで、本人が高校3年生と答えていることとも合っています。
小学生のころは?2歳でサッカーを始め小6でボクシングも
杉田雷麟さんは、小学生のころ、どんなことに夢中になっていたのでしょうか。特技のサッカーやボクシングをいつ始めたのかも、気になりますよね。
杉田雷麟さんは、2歳でサッカーを始め、4歳でクラブチームに入ってプロを目指していました。小学6年生からはボクシングも始めて、両方に打ち込んでいたそうです。
4歳でクラブチームに入った
2021年1月6日に公開されたViViのインタビューで、杉田雷麟さんは、2歳からサッカーを始めて、4歳でクラブチームに入り、プロを目指していたと話しています。小さいころから、サッカー一筋だったんですね。
2022年4月24日のシネマトゥデイのインタビューでも、小さいころの夢を聞かれて、ずっとサッカーをやっていて、サッカー選手になりたいと思っていたと答えています。所属事務所のプロフィールでも、サッカーは特技のひとつになっています。
体を大きくするために始めたボクシング
ViViのインタビューによると、杉田雷麟さんは背が低かったので、せめて体を大きくしようと思い、小学6年生からボクシングを始めたそうです。サッカーのために始めたボクシングでしたが、そのままのめり込んでしまったといいます。
ボクシングは、今も所属事務所のプロフィールで特技と趣味の両方に書かれています。最初のテレビの仕事でいじめられる役を演じたときには、ボクシングをやっていたので役のわりに体格がよすぎると感じたんだとか。それからは、筋肉をつけすぎないようにしているそうです。
1日5食の毎日
ViViのインタビューでは、一時期は、ボクシングをしたあとにサッカーの練習に行く毎日だったと話しています。そのため、1日5食くらい食べていたそうです。小学生から中学生のころは、体を動かすことが生活の中心だったことが伝わってきますね。
ただ、サッカーとボクシングは、どちらも今はやめていると話していました。それだけ本気で打ち込んできたので、まさか俳優としてインタビューに答える日がくるとは思わなかった、すごく不思議だ、とも振り返っています。サッカーをやめて俳優を選んだいきさつは、このあとの見出しで紹介しますね。
地元ではどう過ごした?両崖山で遊び撮影中の小栗旬さんに会った
栃木県足利市で育った杉田雷麟さんは、学校の外ではどんなふうに遊んでいたのでしょうか。地元での思い出も気になりますよね。
杉田雷麟さんは、わんぱくな少年で、地元の両崖山で友だちと川上りやトカゲ捕りに夢中になっていたそうです。小学生のときには、地元で撮影中だった小栗旬さんに会ったこともあるといいます。
わんぱくだった少年時代
2026年1月2日の下野新聞の記事によると、杉田雷麟さんはわんぱくな少年時代を過ごし、思い出に残っているのは足利市の両崖山だそうです。友だちと夢中になった川上りやトカゲ捕りなど、豊かな自然が残る両崖山は、最高の遊び場だったと紹介されています。
サッカーやボクシングに打ち込むかたわらで、地元の山や川でも友だちと思いきり遊んでいたんですね。下野新聞は栃木県の地方紙で、この記事では、地元のファンへのメッセージや2026年の抱負も聞いています。
子どものころから慣れていた山
2025年1月21日のMOVIE WALKER PRESSのインタビューで、杉田雷麟さんは、山が似合う男だとよく言われると笑いながら話しています。地元が栃木県の足利市なので、子どものころから山には慣れているそうです。幼いころから、山で遊んできた思い出があるといいます。
2022年4月24日のシネマトゥデイのインタビューでも、日ごろから地元の栃木でよく山を登り下りしているので、山には登り慣れていると話していました。映画『山歌』や『プロミスト・ランド』など、山を舞台にした作品への出演が多いのも、地元での経験とつながっているのかもしれませんね。
撮影の多い街での出会い
2021年1月6日のViViのインタビューによると、杉田雷麟さんが住んでいる街は、映画の撮影がおこなわれることが多いそうです。小学生のとき、撮影中の小栗旬さんに会って感動したことがあると話しています。
その小栗旬さんと、のちに映画『罪の声』で共演することになったといいます。杉田雷麟さんは、人生って本当に不思議だと感じていると振り返っていました。小学生のころに地元で見かけた俳優と、自分も俳優として同じ作品に出ることになったというのは、すてきなめぐり合わせですね。
学校で困ったことは?先生も名前を読めず習字では黒い丸に
杉田雷麟さんは、学校生活の中でどんなことに困っていたのでしょうか。珍しい名前のことで、苦労したことがあったのか気になりますよね。
杉田雷麟さんは、学校の先生も最初は名前を読めなかったと話しています。テストでは画数が多くて書くのが面倒で、習字では名前がふたつの黒い丸になってしまったそうです。
学校の先生も読めなかった名前
2022年4月22日の週刊女性PRIMEのインタビューで、杉田雷麟さんは、学校の先生も最初は名前を読めなかったと話しています。名前を聞かれて、すぎたらいる、と答えても、相手はきょとんとした反応だったそうです。
同じ記事では、雷麟は芸名ではなく本名で、初めて見て読める人はいない、と紹介されています。親からは、雷のように厳しく育つように、麟は漢字が難しいから頭がよくなるように、という思いでつけたと聞かされたそうです。珍しい名前には、親の思いがこめられていたんですね。
テストと習字で苦労した
週刊女性PRIMEのインタビューによると、テストのときは、名前の画数が多くて書くのがちょっと面倒だったそうです。習字の時間には、名前がふたつの黒い丸になってしまったと笑いながら話しています。雷と麟は、どちらも画数の多い字ですよね。
それでも、いい名前だと思っていると話していました。メンタルが強いのは厳しく育てられたからかなと思うけれど、頭はそんなによくならなかった、とも冗談まじりに語っています。学校での苦労も、今では笑って話せる思い出になっているんですね。
勉強は好きでやっていたわけではない
2021年1月13日のNHKドラマのスタッフブログでは、ドラマ『ここは今から倫理です。』で演じた田村創と自分の似ているところを聞かれています。杉田雷麟さんは、勉強を好きでやっているわけではないところ、と答えていました。田村創は、勉強熱心で母親思いの生徒という役です。
2021年1月6日のViViのインタビューでも、直したいところは、何でも後回しにしてしまうところで、宿題や洗い物などを後回しにしがちだと話しています。ただ、大事なことはすぐやる、とも言っていました。どちらも、飾らない正直な答えですね。
中学時代は?プロのサッカー選手を目指し二択で進路を考えた
杉田雷麟さんは、中学生のころ、どんな将来を思い描いていたのでしょうか。最初から俳優を目指していたのか、気になりますよね。
杉田雷麟さんは、中学生まではプロのサッカー選手を目指していました。中学のときに、このままサッカーを続けるか別の道に進むかの二択で考え、俳優という道を見つけたそうです。
中学生まではサッカー選手が夢
2022年4月22日の週刊女性PRIMEの記事によると、杉田雷麟さんは幼いころからボールを蹴り、中学生まではサッカー選手を目指していたそうです。2歳で始めたサッカーを、中学生になっても本気で続けていたということですね。
中学校の名前や、サッカーをしていたチームの名前は公表されていません。2021年1月13日のNHKドラマのスタッフブログでも、杉田雷麟さんはサッカー少年だったと紹介されていて、趣味と特技にはサッカーとボクシングを挙げていました。
生意気と言われても挫けなかった
2021年1月6日のViViのインタビューで、杉田雷麟さんは、自分の長所はメンタルが強いことだと言い切っています。サッカーをしていたころは、生意気だと言われることが多く、それでメンバーから外されることもあったそうです。
それでも、絶対に挫けなかったと話しています。俳優の仕事も、何があっても心が折れない自信があるといいます。2022年4月24日のシネマトゥデイのインタビューでも、自分の強みを聞かれて、メンタルが強いことと答えていました。サッカーで鍛えた心の強さが、今の仕事にも生きているんですね。
刑事にもサラリーマンにもなれる仕事
ViViのインタビューによると、中学のとき、このままサッカーか別の道かと二択で考えたそうです。そのとき初めて、自分の夢って何だろうと思ったといいます。刑事ドラマが好きだったので刑事にも憧れたし、サラリーマンにもなってみたかった、といろいろな夢が出てきたそうです。
映画も好きだったので、俳優なら刑事にもサラリーマンにもなれる、サッカーの経験も生きる、とひらめいたと話しています。2024年6月29日のnippon.comのインタビューでも、俳優を選んだ理由のひとつは、いろんな職業が体験できるからだと話していました。
杉田雷麟の学歴で高校と大学はどこ?栃木から撮影に通った高校時代と卒業後
- 俳優を目指したのはいつ?高校進学を前に14歳で事務所へ
- デビューはいつ?2017年に映画館で流れたCMで
- 高校時代の仕事は?Aではない君とや半世界で新人賞を受賞
- 高校はどこ?栃木に住み高校3年まで遠くから撮影に通った
- 高校卒業後は?大学は公表されておらず俳優の仕事を続けた
- 世間の声は?高校時代の出演作でこの俳優は誰とたずねる声
俳優を目指したのはいつ?高校進学を前に14歳で事務所へ
サッカーから俳優へと進路を変えた杉田雷麟さんは、いつ、どうやって今の事務所に入ったのでしょうか。家族の後押しがあったのかも気になりますよね。
杉田雷麟さんは、高校に入るときの進路選択をきっかけに、14歳で今の事務所のオーディションを受けました。映画好きのお父さんの言葉にも、背中を押されたそうです。
自分のレベルでサッカーを続けられるか
週刊女性PRIMEの記事で、杉田雷麟さんは、高校進学のときに、自分のレベルでサッカーを続けていけるのかを考えたと話しています。そして、役者なら警察官やほかにもなりたいものになれると思い、14歳のときに今の事務所のオーディションを受けたそうです。
シネマトゥデイのインタビューでも、中学から高校に上がるときに、このままサッカーを続けるのか、ほかにやりたいことがあるかを考えたと話しています。nippon.comのインタビューでは、子どものころから続けてきたサッカーを進学のタイミングで諦めて、俳優の道に進むことにしたと語っていました。
映画好きの父の言葉
伊藤忠商事の季刊誌『星の商人』No.23(季刊2025)のインタビューで、杉田雷麟さんは、俳優を目指したきっかけは高校に入るときの進路選択だったと答えています。それまでサッカーに打ち込んできたものの、将来もプレーを続けている自分の姿が見えなくなってしまったそうです。
そんなとき、映画が大好きなお父さんが、俳優はどんな経験も無駄にならない職業だと話していたのを思い出したといいます。異なる道を選んでみるのもいいんじゃないか、とお父さんの言葉に背中を押された気がすると話していました。シネマトゥデイでは、洋画好きのお父さんがすすめる作品はハズレがない、とも話しています。
履歴書を送って今の事務所へ
ViViのインタビューによると、杉田雷麟さんは、俳優ならと思いついたあと、今の事務所に履歴書を送って採用してもらったそうです。ネット上では、中学時代に事務所にスカウトされたと書かれることもありますが、本人の話では、自分から履歴書を送り、オーディションを受けています。
所属事務所はアレです。2002年12月生まれの杉田雷麟さんが14歳だったのは、2016年12月から2017年12月までなので、計算すると中学2年生から3年生のころになります。高校に入る前に、自分で進路を決めて動き出していたということですね。
デビューはいつ?2017年に映画館で流れたCMで
事務所に入った杉田雷麟さんは、いつ、どんな仕事でデビューしたのでしょうか。中学生のうちから、芸能の仕事をしていたのか気になりますよね。
杉田雷麟さんは、2017年に映画館で流れた絆創膏のCMでデビューしました。セリフはひと言だけでしたが、恥ずかしくてうまく言えず、何度も撮り直したそうです。
絆創膏のCMでひと言
ファッションプレスのプロフィールによると、杉田雷麟さんは2017年、救急絆創膏ケアリーヴの映画館用のCMでデビューしました。伊藤忠商事の季刊誌『星の商人』のプロフィールでも、14歳のときにニチバンのケアリーヴのCMで芸能界デビューしたと紹介されています。
2021年1月6日のViViのインタビューでは、初めての仕事は映画館で流れる絆創膏のCMで、イタッとひと言言うだけだったと話しています。前の見出しで計算したとおり、14歳は中学2年生から3年生のころなので、中学生のうちにデビューしていたということですね。
何度も撮り直した初仕事
ViViのインタビューによると、そのひと言が妙に恥ずかしく、うまく言えずに何回も撮り直しになったそうです。今でも緊張はするし、慣れない撮影だとやっぱり恥ずかしい、とも話していました。
2022年4月22日の週刊女性PRIMEの記事でも、初仕事のCM撮影で、紙で指を切って痛っと言うだけのセリフが、いろんな人に見られていることで気恥ずかしくて言えなかったと振り返っています。何度もテイクを重ねて乗り越えるしかなかったそうです。そうした悔しい思いも含めて、芝居は楽しいと話していました。
中学生で出会った大杉漣さんの言葉
週刊女性PRIMEの記事によると、杉田雷麟さんは、2018年に公開された映画『教誨師』に主演した大杉漣さんと試写会で会い、またやろうな、と声をかけられて握手をしてもらったそうです。でも、その半年後に大杉漣さんは亡くなりました。
新聞の訃報記事で、脇でも主役でもどっちでも大丈夫という気概がないといけない、という大杉漣さんの言葉を読み、考え方がガラリと変わったといいます。中学生だった当時は大きな役をやりたい思いが強かったけれど、それからは、役の大小を問わずに印象に残る役者になりたいと思うようになったそうです。大杉漣さんの記事は、いつも持ち歩いている原点でバイブルだと話していました。
高校時代の仕事は?Aではない君とや半世界で新人賞を受賞
高校生になった杉田雷麟さんは、どんな作品に出演していたのでしょうか。学校に通いながら、話題作にも出ていたのか気になりますよね。
杉田雷麟さんは、高校生の年代にあたる2018年から2020年にかけて、ドラマ『Aではない君と』や映画『半世界』『罪の声』などに出演しました。『半世界』では、2つの映画賞で新人賞を受賞しています。
佐藤浩市さんの質問に即答
ファッションプレスのプロフィールによると、デビューの翌年の2018年には、ドラマ『Aではない君と』で、佐藤浩市さんが演じる父親の息子役に抜てきされました。2018年は、計算すると中学3年生の終わりから高校1年生にかけての年です。週刊女性PRIMEでは、殺人容疑者の少年役で注目されたと紹介されています。
2022年4月24日のシネマトゥデイのインタビューで、杉田雷麟さんは、俳優になることを強く意識したのは、佐藤浩市さんから、この世界で食っていくのか、と聞かれて、はいと即答したときからだと話しています。ファッションプレスでは、衣装合わせで聞かれ、即答した自分に驚いたと紹介されていました。
半世界で2つの新人賞
シネマトゥデイの記事によると、杉田雷麟さんは2019年、阪本順治監督の映画『半世界』で、稲垣吾郎さんが演じる主人公の息子役を演じました。この役で、第41回ヨコハマ映画祭の最優秀新人賞と、第34回高崎映画祭の最優秀新進男優賞を受賞しています。
2019年は、計算すると高校1年生から2年生にかけての年です。所属事務所のプロフィールでも、受賞歴としてこの2つの賞が書かれています。所属事務所の出演作の一覧では、同じ2019年に映画『長いお別れ』『そらのレストラン』、出光興産のCMも並んでいます。
罪の声で小栗旬さんと共演
2020年には、NHKの朝ドラ『エール』や、映画『罪の声』に出演しました。2021年1月6日のViViのプロフィールでも、この2作品が話題作として紹介されています。2020年は、計算すると高校2年生から3年生にかけての年ですね。
『罪の声』では、地元での出会いの見出しで紹介した小栗旬さんと共演することになりました。週刊女性PRIMEの記事によると、杉田雷麟さんは多くの役をオーディションでつかんできたそうです。高校に通いながら、オーディションを受けて役をつかみ、作品を重ねていたということですね。
高校はどこ?栃木に住み高校3年まで遠くから撮影に通った
杉田雷麟さんは、どこの高校に通っていたのでしょうか。高校生のころから話題作に出ていたので、東京の高校に通っていたのか気になりますよね。
杉田雷麟さんの出身高校の名前は、公表されていません。ただ、2021年1月のNHKドラマのスタッフブログで、本人が高校3年生と答えていて、出演者の中で一番遠くから撮影に参加していると紹介されていました。栃木県に住みながら、遠くから撮影に通っていたということですね。
NHKのスタッフブログで高校3年生と回答
2021年1月13日のNHKドラマのスタッフブログでは、ドラマ『ここは今から倫理です。』で田村創を演じた杉田雷麟さんが紹介されています。このドラマは、2021年1月16日から全8回で放送されました。
ブログの中で、あだ名と年齢、学生の場合は学年を教えてください、と聞かれた杉田雷麟さんは、あだ名はなく名前で呼ばれることが多い、高校3年生です、と答えていました。高校に通いながら、俳優の仕事をしていたことがわかります。
一番遠くから撮影に参加
同じスタッフブログでは、杉田雷麟さんのことを、みんなの中で一番遠くから撮影に参加されている、と紹介しています。生徒役の出演者の中で、一番遠いところから通っていたということですね。
次の出演者の中田青渚さんを紹介するコーナーでは、杉田雷麟さんが、遠くから通っている僕を心配してくれる優しい方です、と話しています。2021年の野望を聞かれると、刑事役がやりたい、と答えていました。中学生のころに憧れた刑事を、俳優として演じたいと思っていたんですね。
栃木の友達と山に登る休日
2021年1月6日のViViのプロフィールでは、杉田雷麟さんは栃木県在住と紹介されています。高校3年生だったこのころは、栃木県に住んでいたということですね。ネット上では、芸能の仕事をする学生が多い東京の高校に通っていたのではないかと言われることもありますが、高校の名前や場所は公表されていません。
ViViのインタビューでは、栃木の自然が多いところに住んでいるので、友だちと出かけるときは、ただ山に登ったり、バドミントンをしたりすると話していました。どこ行く、山行く、という感じなんだとか。仕事で遠くの撮影に通いながらも、地元の友だちとの時間を大切にしていたことが伝わってきます。
高校卒業後は?大学は公表されておらず俳優の仕事を続けた
高校を卒業した杉田雷麟さんは、大学に進んだのでしょうか。それとも、俳優の仕事に専念したのか気になりますよね。
杉田雷麟さんが大学に進学したかどうかは、公表されていません。高校を卒業したあとも、映画やドラマへの出演が続いていて、映画では主演も務めるようになりました。
大学への進学は公表されていない
所属事務所の公式プロフィールには、大学の名前は書かれていません。ネット上では、大学には進学していないのではないかと言われていますが、進学したかどうかは公表されていません。所属事務所のCMの一覧には、2020年のベネッセの大学受験篇のCMがありますが、これは出演した仕事のひとつです。
2021年1月6日のViViのインタビューで、杉田雷麟さんは、ゴールは死ぬまで俳優をやることだと話しています。その手前で言うと、将来は監督もやってみたい、自分で脚本も書いて一から全部やりたい、とも語っていました。高校を卒業する前から、俳優を一生の仕事にすると決めていたんですね。
19歳はひとり暮らしの準備期間
2022年4月22日の週刊女性PRIMEの記事で、19歳だった杉田雷麟さんは、12月に20歳になるのは大きな節目だと話しています。ひとり暮らしも考えていて、19歳はいろんなことの準備期間になると思っているそうです。
伊藤忠商事の季刊誌『星の商人』No.23(季刊2025)でも、プライベートでは地元の栃木の友だちとオンラインで話したりする、と語っています。高校を卒業したあとも、地元とのつながりを大切にしていることがわかりますね。
高校卒業後の主演作と朝ドラ
2022年には、映画『山歌』が公開され、映画初主演を果たしました。週刊女性PRIMEの記事によると、撮影は2019年の夏で、計算すると高校2年生のころです。2024年の映画『プロミスト・ランド』では寛一郎さんとダブル主演を務め、2024年6月29日のnippon.comの記事によると、高校を卒業して家業の鶏舎を継いだ20歳の青年、信行を演じています。
2025年には映画『逃走』や、主演の『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』にも出演しました。そして朝ドラ『ばけばけ』では、錦織丈を演じています。2025年10月3日の山陽新聞デジタルの記事によると、錦織丈はヘブンの教え子で、英語教師の錦織友一の弟です。松江随一の秀才と言われる兄を尊敬し、その背中を追う役どころです。
世間の声は?高校時代の出演作でこの俳優は誰とたずねる声
杉田雷麟さんについて、世間ではどんな声が上がっているのでしょうか。ここでは、Yahoo!知恵袋に寄せられた質問を3つ紹介します。
高校生のころに出演したCMや映画を見て、この俳優は誰なのか、とたずねる質問が寄せられていました。
出光のCMの息子役をたずねる質問
2019年3月3日には、ベトナムに赴任中の父のところへ息子が訪れる出光のCMに出ている、息子役の人の名前を教えてほしい、という質問が投稿されています。閲覧数は71回で、回答は1件です。
ベストアンサーでは、杉田雷麟さんです、と名前が挙げられ、CMは出光興産の父の仕事篇だと紹介されていました。所属事務所のCMの一覧にも、2019年の出光興産のCMが入っています。2019年3月は、計算すると高校1年生の終わりにあたります。高校生になってすぐのころから、CMを見た人に名前を調べられていたんですね。
罪の声の中学生時代をたずねる質問
2020年11月1日には、映画『罪の声』で生島聡一郎の子ども時代を演じたのは誰か、という質問が投稿されています。閲覧数は2,875回で、回答は1件です。
ベストアンサーでは、子ども時代は石澤柊斗さん、中学生時代は杉田雷麟さんだと答えられていました。『罪の声』は2020年に公開された映画で、所属事務所の出演作の一覧にも入っています。2020年11月は、計算すると高校3年生のころです。高校生の杉田雷麟さんが演じた中学生の役に、多くの人が注目していたことがわかります。
罪の声の青年期をたずねる質問
2021年5月17日には、映画『罪の声』で生島聡一郎の青年期を演じた俳優の名前がわかる人はいないか、という質問が投稿されています。全然調べても出てこない、という質問で、閲覧数は530回、回答は1件です。
ベストアンサーでは、杉田雷麟さんではないか、映画『半世界』や『長いお別れ』にも出ていて、ドラマ『Aではない君と』にも出ている、と答えられていました。世間の声を見ると、高校時代の出演作で杉田雷麟さんを知り、名前を調べた人が多いことがわかります。
杉田雷麟の学歴のまとめ
- 杉田雷麟は2002年12月10日生まれ、栃木県足利市出身で、2026年10月現在23歳である
- 通っていた小学校、中学校、高校の名前は公表されていない
- 2歳でサッカーを始め、4歳でクラブチームに入り、プロのサッカー選手を目指していた
- 背が低かったため体を大きくしようと、小学6年生からボクシングも始めた
- 地元の両崖山で川上りやトカゲ捕りをして遊ぶ、わんぱくな少年だった
- 小学生のとき地元で撮影中の小栗旬に会い、のちに映画『罪の声』で共演した
- 学校の先生も最初は名前を読めず、テストや習字では画数の多い名前に苦労した
- 中学のとき、サッカーを続けるか別の道に進むかの二択で進路を考えた
- 高校に入るときの進路選択で映画好きの父の言葉に背中を押され、14歳で今の事務所のオーディションを受けた
- 2017年、映画館で流れた絆創膏のCMで、中学生のうちにデビューした
- 2018年の『Aではない君と』や2019年の『半世界』など、高校生の年代から話題作に出演した
- 『半世界』でヨコハマ映画祭の最優秀新人賞と高崎映画祭の最優秀新進男優賞を受賞した
- 2021年1月のNHKドラマのスタッフブログで高校3年生と答え、一番遠くから撮影に参加していると紹介された
- 2021年1月の時点では栃木県に住み、地元の友だちと山に登るのが休日の楽しみだった
- 大学に進学したかどうかは公表されておらず、高校卒業後も映画の主演や朝ドラ『ばけばけ』の錦織丈役など、俳優の仕事を続けている
出典:ViVi(2021年1月6日・18歳のインタビュー)/NHKドラマ スタッフブログ(2021年1月13日・ここは今から倫理です。杉田雷麟さん編)/週刊女性PRIME(2022年4月22日・大杉漣さんの言葉)/シネマトゥデイ(2022年4月24日・俳優になったきっかけ)/nippon.com(2024年6月29日・プロミスト・ランド)/MOVIE WALKER PRESS(2025年1月21日・地元の足利と山)/山陽新聞デジタル(2025年10月3日・ばけばけの錦織丈役)/伊藤忠商事『星の商人』No.23(季刊2025・巻頭インタビュー)/下野新聞(2026年1月2日・足利市出身の俳優として)/アレ(公式プロフィール)/ファッションプレス(プロフィール・経歴)
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